4月6日、胸にポッカリ穴が開いたような、かなりショックなニュースが飛び込んできた。

映画「火垂(ほた)るの墓」やテレビ「アルプスの少女ハイジ」などで知られるアニメーション監督の高畑勲(たかはた・いさお)さんが5日、肺がんのため東京都内の病院で死去した。82歳だった。葬儀は近親者で営む。お別れの会を5月15日に開く。

引用:高畑勲さん死去 作品に強いメッセージ性と芸術性(毎日新聞)

思い出深い作品がいっぱい

高畑勲さんは、「狼少年ケン」「ルパン三世(TV1stシリーズ)」「アルプスの少女ハイジ」「母をたずねて三千里」「じゃりン子チエ」「未来少年コナン」などなど、僕の幼少期から思春期にかけて観てきた、思い出深いアニメ作品に演出などで深くかかわっている。盟友の宮崎駿さんや芝山努さんとならんで、おそらく僕の人格形成の一端を担ってくれてたんじゃないだろうか(アニメがすべてではないけれど・・・)。

そして僕が成人してからも、監督作品として「セロ弾きのゴーシュ」「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」「平成狸合戦ぽんぽこ」「ホーホケキョ となりの山田くん」「かぐや姫の物語」などの劇場版アニメを世に出し楽しませてくれました。

まさか高畑さんが、入退院を繰り返していたなんて・・・そんな情報全然知らなかったぁ。

「ホーホケキョ となりの山田くん」が大好きで・・・

高畑さんの作品の中で、僕は「ホーホケキョ となりの山田くん」(以降「山田くん」)が好きだ。「山田くん」は、山田家(父:たかし、母:まつ子、息子:のぼる、娘:のの子、そして祖母の山野シゲ)の成長を歳時記(芭蕉や蕪村らの俳句をもちいて)として、ほっこりと描いている。全編を通じてゆるい笑顔のまま楽しめてしまえる作品だ(あくまで主観)。

シャア少佐の赤いザクは“通常の3倍のスピード”だけど、この「山田くん」では、通常の3倍の作画を使って描かれているのだそうだ。「かぐや姫の物語」の衝撃もすごかったけど、それに負けずとも劣らなくて、歴代ジブリ作品において、「かぐや姫の物語」に次ぐ2番目の作画量なんだそうな。。。

あと・・・、この「山田くん」は、いしいひさいち原作なのでキャラクター自体も高畑さんのオリジナルではないのだけれど、

たかしとまつ子の顔を足して二で割ると、高畑さんそっくりだと思うのは僕だけだろうか?

この国を憂いていた高畑さん

「火垂るの墓」「平成狸合戦ぽんぽこ」など、高畑さんの作品には、社会に対して高いメッセージ性を感じる。実際に高畑さんは、集団的自衛権などの安保法制反対のデモなどにも参加してたりする。今の日本やこれからの国の行く末を憂いているのだろう。

高畑さんは護憲の姿勢を貫いていた。

勝手に空気を読み、世間(世界)の動きに逆らわず、その流れに身を任せていく。日本という国が世界情勢に流されていく状況(対米従属、集団的自衛権など安保法制問題等)を見て、高畑さんはそれを「ズルズル体質」と呼んで警鐘を鳴らす。またこの国で起きる色々な諸問題に対して責任の所在をはっきりしなかったり、責任をとらせなかったりという体質にも危機感を感じていた。だからこそ、その歯止めになるのが「日本国憲法」であって、「憲法9条」なのだと高畑さんは力説していた。それは決して、単に理想論ではないリアルな視点からシビアに導き出した答えの様に思える。

「普通の国なんかになる必要はない。ユニークな国であり続けるべきです。」何か高畑さんらしい感じがします。

加計学園獣医学部の問題、財務相の森友学園決裁文書改ざん問題、自衛隊の日報隠ぺい問題など、不祥事が相次ぐ中、高畑さんは「普通なら間違いなく政権が転覆してもおかしくない状況でもなお、現政権(安倍政権)崩れずに維持し続けているのが信じられない。」と言っていたそうです。

高畑監督の死去が報道されたあと、長い親交のあった映像研究家の叶精二氏が、ツイッター上で公開した年賀状だった。

叶氏は〈昨年の元旦に高畑勲監督から頂いた年賀状です。20年来、毎年簡潔かつ独創的な賀状を頂くのが楽しみでした。これが最後の一枚。高畑監督のお叱りを受ける覚悟で、ご本人の一字一句をファンのみなさまと共有したいと存じます〉とのコメントとともに、2017年の正月に高畑監督から送られてきた年賀状を公開。そこにはこのような文章が書き添えられていた。

〈皆さまがお健やかにお暮らしなされますようお祈りします

公平で、自由で、仲良く平穏な生活ができる国

海外の戦争に介入せず国のどこにも原発と外国の部隊がいない賢明強靭な外交で平和を維持する国

サウイフ国デ ワタシハ死ニタイ です〉

引用:高畑勲監督が最後に遺した無念の言葉「これで安倍政権が崩れないのが信じられない」「自由で公平で平和な国で死にたい」(リテラ)

 

高畑さんは、今も天国で精力的に活動しながら、僕らの日本を見守っているに違いない。