Gekijo

 

初版から既に半年が過ぎてしまった。買っていて読むまでに辿り着いちない本が常に数冊ある中、やっと『劇場』に辿り着いたのが、先月都内に行く電車の中。読み始めが電車の中でよかったです。もし読み終わりが電車とかの公共の場だったら・・・。

簡単なあらすじ

ある日、永田(主人公)は画廊を覗いていた沙希に出会う。「その靴、俺と一緒やな」と、全然違う靴なのに・・・、そんな永田に対して斜に構える沙希。永田の押しに負けて一緒に喫茶店へ行き、連絡先を交換する。沙希は女優を目指して上京し、その傍らで服飾の専門学校に通っていた。

一方、永田は、高校の同級生野原と小劇団「おろか」を立ち上げ脚本家・演出家を担当していた。評判はと言うと・・・前衛的がゆえに、お世辞にもあまりいいとは言えなかったが・・・。

永田は沙希に「一緒に家具を選んで欲しい」とデートに誘う。そして『その日』という脚本を書き上げ、「沙希に出演して欲しい」と頼む。脚本を読んで感動した沙希は出演を快諾する。『その日』に対する評価は、まずまず好評だった。

二人は交際をはじめ、永田は沙希のアパートに転がりこむようになり同棲を始める。沙希は専門学校卒業後、洋服屋と居酒屋で働き出す。少しずつ状況が変わる中、永田は一向に変わらないままだった。ある日、野原から誘われ、業界関係者も注目している劇団「まだ死んでないよ」の演劇を観にいく。そこで、脚本・演出をしている小峰の才能を永田は目の当たりにする。そんな中、永田は「おろか」の元女性劇団員だった青山から、ネットの演劇ライターの話を持ちかけられる。永田はその仕事を始める。

そして青山は、沙希とヒモ同然に暮らす永田に対して、世間の見解を伝え苦言を呈した。そして永田が出した答えは・・・。安アパートを借りてそこで演劇ライターの仕事や脚本を書くようになる。が、沙希に対しては、永田は相変わらず自分勝手。気が向けば逢いに行くというような有様だった。

青山が、沙希を誘って劇団『まだ死んでないよ』の演劇を観に行ったことを知り、永田はメールで青山に抗議する。青山は、永田の沙希に対しての接し方(束縛するかのような言動)を非難する。そこからメールで何度となくバトルを繰り返すのだった。

ある日、沙希がアパートに帰ってこなかった。永田は沙希の勤める居酒屋へと向かい、沙希が店長と帰ったことを知る。店長の住所を訊き沙希のことを迎えにいく。沙希はそこから体調を崩し、居酒屋などの仕事も辞め、そして酒を飲むようになり、生活も乱れ、そして・・・。

沙希は実家に戻り、地元で就職することになり、落ち着いた後、元気をとり戻した沙希はアパートを引き払いにやってくる。永田も沙希と一緒に作業を行い、かつて沙希が出演した舞台『その日』の脚本を一緒に読み合わせをする。すると突然・・・、永田は脚本にはないセリフを言い始め、「迷惑ばっかりかけた」と沙希に謝罪する。「私は、東京来てすぐにこれは全然叶わないな、何もできないと思ったから、永くんに会えてよかった・・・永くんいなかったら、もっと早く帰ってた」と、恨むでもなく、沙希は永田に感謝の気持ちを伝えるのだった。

永田は、「・・・今から俺が言うことはな、ある意味本当のことやし、全部できるかもしれへんことやねん」と言い、これから二人でで過ごす楽しい日々を語りはじめる。沙希は、時すでに遅く決して二人には訪れ得ない未来を聞いて泣き出す。そんな沙希に対して永田は、演劇で使用した猿のお面をつけておどけてみせたり、「ばああああ」と奇声を上げ、永田はしつこく繰り返す。ついには観念したように、沙希は泣きながら笑うのだった。

不器用なのに自意識過剰な男に引き込まれていく

永田は不器用で結構自意識過剰な男である。物語の冒頭、沙希を街で見かけナンパするシーンから、「なんだこいつは?」って感じで、ちょっとこの主人公・・・、「僕には受け入れ難いタイプだなぁ」とか「ちょっと最後まで読むのは難しいかも?」って思いながら、この『劇場』を読んでいた。まあ、このあと沙希が登場して、読み進めることに苦はなくなるのだけど・・・。

永田は「おろか」という劇団の主宰(・・・たぶん)で、売れない劇作家だ。他の劇団員の意見とかも結構聞かずに我を通そうとするタイプ。劇作家なのだから仕方ないのかも知れないのだけど・・・、いつか崩壊するんじゃない?とか思っていたら案の定、劇団員である青山、辻、戸田らは不満を爆発、退団の話し合いで永田に対して怒りを覚えた辻は、傘で永田を滅多打ちに。そして彼らは劇団を去っていく。

当然、沙希に対しての永田の接し方も、マイペースでわがまま。でも沙希は永田のすべてを受け入れるのである。(よくできた女のコだぁ)

そんな永田に、共感してしまうシーンがあった。野原に誘われ、注目の劇団「まだ死んでないよ」の公演を観にいった永田が、脚本・演出をしている小峰の才能を目の当たりにして、他人の才能に嫉妬するシーンだ。“他人の才能に嫉妬する”という体験だけど、結構な人が同じような体験をしているんじゃないかと僕は思うんだけど、僕にもそんな体験があって、故にこのシーンを境に、あれだけ嫌ってた永田に共感し、次第に引き込まれていくようになる。

元劇団員の青山との一連の絡み。沙希を傷つけた美容師と・・・。沙希の居なくなった部屋を、一人片づけては、また元に戻していく奇行。などなど・・・永田の行動や考え方に、気が付いたら引き込まれていく僕がいることに、不覚にも気が付いてしまった。

沙希に恋して

おそらく、『劇場』を読む男性読者の半数以上は、ヒロインの沙希に少なからず“恋心”を抱くんじゃないか?恋心は行き過ぎだとしても“好意”はもつに違いない。そう思える程に、僕にとっての沙希は何だか魅力ある女性だった。(「こんな女は、まずいないね。」なんて聞こえてきそうですが・・・)

まぁ、ある意味男性が思い描く理想の女性ではあるかも・・・です。

主人公の永田にどことなく自分(作者)を投影している様に、恋人の沙希には理想を投影しているのかもしれない。

永田と暮らし始めた沙希は、永田の才能や存在を認め、そして感謝し、愛し、ほとんどすべてを受け入れる。一言で言い表そうものなら、とにかく沙希は優しいのだ。そんな沙希のその純粋さや優しさに、永田は違和感さえ感じる時もある。

永田は、劇団「まだ死んでないよ」の脚本・演出をしている小峰の才能を目の当たりにしたあとぐらいから、気持ちの余裕が失せはじめる。そんな永田は時より沙希を責めることもある。

 

「私が永くんを馬鹿にするわけないよ」

「自分がそう思ってても、たとえ悪意がなくても人を傷つけることもあんねん。その了解の範囲がお前は狭いねん。」

「なんで、絶対馬鹿になんてしてないよ。一番すごいってわかってるから。」

 

それゆえ、沙希に対する永田の愛は鋭角なものになり、永田の心を理解出来ない沙希を傷つけることになる。

 

「わかんないよ、なんでだろう。ちょっと待ってね、考えるね、待ってね」

 

それでもなお、永田に対して沙希は健気に接しようとするのである。しかし、やがてそんな沙希の永田に対する愛情にも、陰りが見えはじめていく。

互いの気持ちに気づく胸締めつけられるラスト

田舎に帰った沙希は、地元で就職を決め、かつて永田と住んでいた都内のアパートを引き払いに来る。永田と沙希は一緒に片づけを行いながら、かつて沙希が出演した『その日』の脚本を一緒に読み始める。

・・・このシーン以降、畳みかけるように切なさがこみあげてくるのだ。

それは、脚本にないくだりを永田が言い始める。「迷惑ばっかりかけた」と・・・。

脚本にない永田のセリフに対して、しばらく考えていた沙希。そして何かふっきれたように・・・。

 

「あなたとなんか一緒にいられないよ」

「・・・いられるわけないよ。昔は貧乏でも好きだったけど、いつまでたってもなにも変わらないじゃん。でもね、変わったらもっと嫌だよ。だから仕方ないよ。・・・勝手に年とって焦って変わったのは私のほうだからさ。だから、どんどん自分が嫌になっていく。だめだよね」

「わたしはね。東京に来てすぐにこれは全然かなわないな。なにもできないなって思ってたから、永くんと会えて本当に嬉しかった」

「・・・わたしはずっと諦めるきっかけを探してたんだよ。・・・永くんいなかったらもっと早く帰ってた、絶対。だから、ありがとう」

 

それに対して永田は・・・、

 

「記憶おかしくなった? それ俺の方やで。血まみれやったもん」

 

このあと永田は、沙希とのこれからを(こうなりたいという願望?)を話し続ける。

この一連のやりとりで、永田も沙希も、お互いの気持ちに気づいていく。このタイミングでしか気づくことが出来なかったことに、読み進めていく僕ら読者は、何ともやりきれない気持ちになっていく。「永田ぁ~、もっと早く気づけよぉ。」って、言いたくなる。永田が話す、これから二人で過ごす楽しい日々は、二人には訪れ得ない未来だから、余計に切ないのだ。

表紙の帯に書かれた一説が、読む前と読み終えたあとでは感じ方が全然違います。まさに、この「劇場」のすべてを言い表しているんですね。

 

一番 会いたい人に会いに行く。

こんな当たり前のことが、なんでできへんかったんやろな。