元SMAPの木村拓哉と嵐の二宮和也。同ジャニーズ事務所所属のタレントの競演という、通常では実現しなかった、そして演技に定評のある二人の“夢の競演”が、上映前から話題を呼んでいた作品『検察側の罪人』のレビューです。
<鑑賞データ>
『検察側の罪人』(2018,9,1 シネマサンシャイン土浦)
“暴走する正義”に対峙する“人としての正義”?(あらすじ/ネタバレ)
地方検事としての実務を経て数年後、沖野啓一郎(二宮和也)は東京地検に配属されて。そこには憧れていたベテラン検事の最上毅(木村拓哉)が待っていた。東京での沖野の初仕事は、闇ブローカー諏訪部(松重豊)の取り調べだった。沖野を手玉に取りまったく相手にしない諏訪部を沖野の事務官、橘沙穂(吉高由里子)が不安気に見つめる。
そんな中、蒲田で老夫婦強盗殺人事件が起きた。貸与状況などから数名の被疑者がリスト上にあがる。そのリストの中に、最上はある男の名前をみつける。その男の名前は松倉重生。松倉はかつて、最上が学生時代を過ごした学生寮“北豊寮”の管理人夫妻の一人娘の由季を殺害した事件の重要参考人だった。その事件はすでに時効をむかえていたのだが・・・。
最上は、同期で政治家の丹野と密会していた。丹野は東京地検から不正の疑いでマークされていた。その件で最上は丹野に助言を与えていた。
蒲田老夫婦強盗殺人事件は、松倉の犯行という線で捜査も動き始めていた。事件を担当した沖野もそれに追随する。しかし事務官の橘は松倉の過去にとらわれ過ぎている様に危惧するのだった。
松倉は拘留され沖野が取り調べをはじめる。なめた態度で受け答えをする松倉に業を煮やす沖野は、可視化のための録画・録音を切り、松倉の過去の事件をネタに揺さぶりはじめる。すると松倉はふてぶてしく、時効となった荒川の事件を自供しはじめる。この松倉の自供に、最上や丹野ら由季を知る同期は、時効という壁で行使できなかった正義の鉄槌に悔しさをつのらせる。そして由希が最もなついていた最上は、個人的に松倉への憎しみを増殖させていく。
蒲田老夫婦強盗殺人事件の取り調べを経て、沖野は松倉を犯人とは思えないと最上に意見するが、最上は取り付く島を与えない。
一方そのころ、事件の捜査線上にもう一人の男の姿が浮上する。弓岡(大倉孝二)という一度は重要参考人として名前が挙がった男が、酒の席で蒲田の事件の自慢話をしていたというのだ。最上はそれを知ってなお、松倉を裁判で死刑にすることに固執する。
同じころ、罠にはまり進退窮まった丹野が宿泊するホテルの窓から投身し、自ら命を絶ってしまう。
この事実にショックを受ける最上だったが、丹野の決断をうけて、尚も最上は自らの正義を執行するため、諏訪部を使って重要参考人の弓岡をかくまうと騙して連れ出し、箱根の山間で弓岡を殺害し亡き者にしてしまう。かつて沖野たちが受けた新人研修で「自身の正義に固執した検事は犯罪者になる」と語った最上。その最上が、自らその道に進んでしまったのだった。
不穏極まりない最上に対し、疑惑を隠し切れない沖野と橘は、ついに最上と決別し検察を離れるのだった。二人はひそかに松倉の国選弁護人・小田島(八嶋智人)に協力、人権派の大物弁護士・白川(山﨑努)の後ろ盾も得て、結果的に松倉は釈放されます。
白川が主宰する、釈放パーティーの場で松倉に謝罪しに来た沖野に対して、松倉は本性をあらわにして暴走、会場を飛び出した松倉は、後を追った沖野の眼の前で車にはねられてしまう。もちろんこの事故は偶然の出来事ではなく、諏訪部の差し金によるものだった。
数日後、箱根の最上の別荘に招かれた沖野。最上は沖野に対し、自身への疑念を捨てて、改めて正義の執行者になろうと沖野を誘うのだが、沖野はこれを断ります。二人の正義は合い交えることなく平行線をたどる。
別荘を出た沖野は、行き場のない感情からか絶叫する。かつての師弟関係は崩れ、二人が完全に決裂した瞬間だった。
木村拓哉という検事 “久利生公平と最上毅”
木村拓哉の代表作『HERO』(シリーズドラマ2作、スペシャルドラマ1作、劇場版2作と間違いなく代表作だ)で演じる“久利生公平”は、正義感の強い型破りな検事で、犯罪の犠牲者に対してまさに“HERO”的な検事だった。「なぜ検事になったのか?」という事務官の雨宮に対して、久利生は「犠牲者の味方になれるのは検事だけ」と答えるシーンがあった(『HERO』第二話)。これが久利生を突き動かす正義だった。
では本作品で木村拓哉が演じる“最上毅”という検事の正義は?というと、その根本は久利生と変わらないように思う。ただ違うのは、肉親に近い間柄の娘を殺した犯人を目の前にして、私怨が正義を暴走させたのだ。
その正義の暴走を抑えられないベテラン検事“最上毅”役を、木村は見事に演じている。今までにも様々なドラマや映画で、色々な役を演じてきた木村だけど、木村拓哉という唯一無二の強いキャラクター故に、何を演じても“木村拓哉”を脱しないと揶揄されてきた。ただ今回演じた“最上”は、今までの役とは異なるダークな汚れ役。木村が自分が持つイメージを刷新しようと奮闘するさまが伺える。(おそらく本人はそんなこと意識して演じてはないと思うけど・・・)
凄みに圧倒される沖野(二宮和也)の取り調べシーン
演技には定評のある二宮和也が今回演じる新米検事の“沖野啓一郎”は、憧れの先輩検事、最上の元に配属されるが、最上の暴走する正義に翻弄されながら、自分が信じる正義を貫こうとする一本芯の通った男だ。自分の信じる正義と、最上の暴走する正義の狭間で葛藤する心情や、最上との対決を決意した後の吹っ切れた様を見事に演じている。
そして何といっても今回の演技で圧巻だったのは、被疑者・松倉の取り調べシーンだ。松倉を演じるのは、酒向芳(さこうよし)。酒向が演じる松倉は、観る者の心を逆撫でするような気持ち悪さがあり、映画「セブン」のケヴィン・スペイシーとイメージがダブったのは僕だけではないはず。二宮はそんな酒向の怪演に対し、がっぷりと四つに組んで対峙する。酒向演じる松倉はサイコ的で人を小馬鹿にする様な受け答え、二宮扮する沖野は、執拗な沈黙や挑発、狂気をはらんだ恫喝で松倉を圧し潰そうとする(やっぱこの男は凄い)。観ているものはその迫力に圧倒される。二宮と酒向、二人の迫真の演技が化学反応を起こす瞬間を見ることができる。
余談だけど、この酒向の演じる松倉なら、最上が正義を暴走させてしまうのも理解できてしまうかもしれない。
競演する個性派ぞろいの名脇役
悪徳ブローカー諏訪部を演じる松重豊。真犯人である弓岡を演じる大倉孝二 。この二人の演技がまたいいのだ。松重は、斜に構えて闇で最上とつながる諏訪部を、いつもは少し情けない感じのキャラを演じることが多い大倉は、チンピラ規模のいきがったワルを表現している。ちょい出ではあるけど、弁護士の山崎努や八嶋智人もいい味出してます。
松重・大倉・八嶋と言えば『HERO』では木村と共演しているが、今回は偶然のキャスティング。当然だけど意識されたものではない。そこには『HERO』の様に、ほのぼのとした関係性は皆無だ。
まとめ
最初から終わりまで、常に一本の緊張の糸が張られたようなストーリ。早い話が、法治社会のもとで、法に従事する者の敵討ちが描かれた物語。そこには木村演じる最上と二宮演じる沖野の、二人の検事のそれぞれの正義のぶつかり合いが描かれている。
正義は決して一つではない。人の数だけ正義がある。「暴走する正義」と「人としての正義」あなたはどの正義を支持するだろうか。